PROFILE
LINKS
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES

07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
タグふれんず

トトガ御用達

我が家でお気に入りの商品・お店などを紹介します。
<< きつねのでんわボックス | main | なんやななちゃんなきべそしゅんちゃん >>
釈尊の生涯
評価:
水野 弘元
春秋社
Amazonランキング: 1291496位

JUGEMテーマ:読書

 

「1.釈尊および釈尊伝について」を読みました。
 
「仏教入門」とかぶるところがあるかと思いますが、この本で釈尊の生涯を丁寧に見ていきたいと思います。
 
《以下引用》
 それが大乗仏教になると、仏陀に関する哲学的考察がなされるようになって、仏陀には、仏陀の本質としての原理的仏陀の面(法身)と、修養努力によって完全の域に達した理想的仏陀の面(報身)と、教化し救済する相手に応じて、最も都合のよい姿をなし、特定の時代や地域に現われる具体的仏陀の面(応身または化身)との、三つに区別して論ぜられるようになった。この見方からすれば、前にあげた毘盧舎那仏(大日如来)は法身であり、阿弥陀仏は報身であり、釈迦仏や弥勒仏などは応身であるとせられる。 〔注〕 この見方からすれば、観世音菩薩も、その名は菩薩という仏陀以前の仏陀候補者にすぎないけれども、実はすでに仏陀となっているので、ただ衆生救済のために菩薩の姿をなし、相手に応じてそれぞれ三十三身等の身を現じて活動をするという。したがって観世音菩薩も応身の仏である。
 《引用終わり》
 
仏陀とは、という最初のところで、釈尊と仏陀の違い(定義の違いというか、概念的な違いですね。釈尊=仏陀は紛れもないことです)と説明する中で、法身・報身・応身という三身説について説明しています。 この説明は他の本でも何度もお目にかかっておりまして、この本の説明が特別優れているということでもないと思いますが、自分としてしっくり来たのでノートしておきます。
| 仏教 | 17:36 | comments(0) | trackbacks(27) |
スポンサーサイト
| - | 17:36 | - | - |









http://totoga.jugem.jp/trackback/336
釈尊という人(釈生27/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「付.釈尊の伝記について」を読みました。一応、読了となります。 釈尊という人をずっと見てきました。仏典の中では一番の主人公ですが、伝説は伝説として読んでいきたいので、史実を踏まえた伝記を一つは読んでおかないと、経典の理解もまま
| トトガ・ノート | 2010/09/17 12:06 AM |
三帰と北枕(釈生26/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「23.仏の入滅」を読みました。 《以下引用》 …遺教の一つとして、自分の亡き後には、お前たちは自己自身を所依とし、他人を所依としてはならない、仏教の正しい教法を所依として、その他のものを所依としてはならない、といわれた。それは
| トトガ・ノート | 2010/09/10 12:09 AM |
仏説の基準(釈生25/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「22.最後の遊歴」を読みました。 自分の死期が近いことを知った釈尊(悪魔との約束で、三ヶ月後の入滅を宣言してしまったということになっているらしいのですが…今なら医者による告知ですかね…)は、比丘のために四大教法を説きます。 《
| トトガ・ノート | 2010/09/03 12:06 AM |
反逆者デーヴァダッタ(釈生24/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「21.デーヴァダッタの反逆など」を読みました。 デーヴァダッタ(提婆達多)と聞くと、レインボーマンのダイバ・ダッタを思い出します。Wikiで調べてみますと、主人公ヤマトタケシに不思議な力を与えた聖人ということで、悪役ではないみたい
| トトガ・ノート | 2010/08/27 12:05 AM |
布教の覚悟(釈生23/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「20.西方地域への遊歴」を読みました。 マガダやコーサラより西方の諸国にも釈尊は遊歴されました。以下は、アヴァンティ国の西南の海岸地方アパランタを仏教化した、この地方出身のプンナ(富楼那)の逸話です。 《以下引用》 …釈尊は、
| トトガ・ノート | 2010/08/20 12:05 AM |
「死」の悲しみ(釈生22/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「19.比丘尼教団の成立と長老尼たち」を読みました。 叔母(養母)マハーパジャーパティーが八敬重法の遵守を誓い、随従の釈迦族女たちと共に出家を許され、比丘尼教団が成立します。 悩む女性たちの話がいろいろ紹介されておりますが、面白
| トトガ・ノート | 2010/08/13 12:10 AM |
七種類の妻の分類(釈生21/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「18.コーサラ国における教化」を読みました。 新興のコーサラ国では、国を飾るために形式的な祭祀儀礼を華々しく行い、したがって有名なバラモンを厚く待遇していました。そこに仏教が入ってきたわけですから、バラモンたちからの反感・憎悪
| トトガ・ノート | 2010/08/06 12:10 AM |
祇園精舎(釈生20/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「17.祗園精舎の建立とコーサラへの仏教の進出」を読みました。 《以下引用》 ラージャガハで釈尊に会って、その説法に感激した給孤独長者は、自分の故郷コーサラにも釈尊の来遊を仰ぎ、その教化を懇願した。しかし仏教教団には千人二千人と
| トトガ・ノート | 2010/07/30 12:10 AM |
故郷へ錦を飾る(釈生19/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「16.故郷釈迦国の訪問」を読みました。 釈尊がさとりを開いて大教団を率いていることは故郷の父王にも伝わり、故郷に帰って説法をすることを願う王の使者が何度か使わされました。ところが、みんな釈迦の説法を聞いてそのまま出家してしまい
| トトガ・ノート | 2010/07/23 12:10 AM |
怒りに関する説法(釈生18/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「15.マガダ国における一般民衆への教化」を読みました。 マガダ国民衆と釈尊のエピソードがいろいろ紹介されています。私が気に入ったのは… ダナンジャニーは釈尊に絶対の帰依をささげていましたが、夫バーラドワージャ(バラモン)はそれ
| トトガ・ノート | 2010/07/16 12:10 AM |
教団の巨大化(釈生17/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「14.サーリプッタ、モッガラーナ、およびマハーカッサパの帰仏」を読みました。 カッサパ兄弟を始めとする千人の比丘ができてまもなく、仏弟子中第一の双比丘とされるサーリプッタ(舎利弗)、モッガラーナ(目牛建連)が250人の徒衆と共に
| トトガ・ノート | 2010/07/09 12:10 AM |
法談と聖黙(釈生16/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「13.ウルヴェーラーにおけるカッサパ兄弟の帰仏」を読みました。 釈尊はマガダ国のウルヴェーラーに向かいました。ここにカッサパという姓の高齢の三人兄弟のバラモンがいて、三人合わせて千人の弟子がおりました。釈尊は長兄を教化すること
| トトガ・ノート | 2010/07/02 12:10 AM |
施・戒・生天の三論(釈生15/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「12.ベナレスにおけるヤサなどの教化」を読みました。 ミガダーヤ(鹿野苑)のあるベナレス(バーラーナシー)は釈尊時代の二三百年前から賑わっていたと考えられ、富裕な商人が数多く存在した。その豪商の子、ヤサに行われた説法が施論・戒
| トトガ・ノート | 2010/06/25 12:05 AM |
四諦の三転(釈生14/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「11.最初の説法」を読みました。 釈尊が苦行をしていた頃釈尊を見守り、苦行を放棄した釈尊を見限って釈尊の下を去った五人の比丘がいたのですが、さとりを開いた釈尊はこの五人に四諦について初めて説き(初転法輪)、三転という三段階があ
| トトガ・ノート | 2010/06/18 12:05 AM |
四諦説(釈生13/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「10.成道後の坐禅思惟」の後半を読みました。 縁起関係はマイナスの面(苦悩とその原因理由)とプラスの面(浄福とその原因理由)があります。 十二縁起を「無明によって行あり…生によって老死愁悲苦憂悩生ず」というように順方向にたどる
| トトガ・ノート | 2010/06/11 12:15 AM |
縁起説(釈生12/27)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「10.成道後の坐禅思惟」の前半を読みました。 縁起説は「此あれば彼あり、此生ずるがゆえに彼生ず、此なければ彼なし、此滅するがゆえに彼滅す。」という基本命題で表される。 精神的なものも物質的なものも、全ては生滅変化するものである
| トトガ・ノート | 2010/06/04 12:10 AM |
外教の実践論(釈生11/26)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「9.さとりの内容」の後の方を読みました。 外教の実践論に対する批判が書いてあります。 前出の神意論・宿命論・偶然論は、いずれの理論も、修行をしたところでどうしようもないという気持ちにさせてしまうもので、実践のしようがない。
| トトガ・ノート | 2010/05/28 12:10 AM |
外教の現象論(釈生10/26)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「9.さとりの内容」の中ほどを読みました。 釈尊当時のインド思想界で、本体論に次いで問題となったのが現象論だそうです。現象界がいかにして発生し、いかに変化するかということです。当時のシャモン、バラモンの主張は… 1.神意論(自在
| トトガ・ノート | 2010/05/21 12:10 AM |
外教の本体論(釈生09/25)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「9.さとりの内容」の最初の方を読みました。 釈尊がさとった漏尽通は、存在するものはすべて生滅変化するものであり(諸行無常)、そこに絶対不変の本体というような存在を認めない(諸法無我)ということが出発点になっています。ところが
| トトガ・ノート | 2010/05/14 12:05 AM |
菩提樹の下で(釈生08/24)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「8.菩提樹下の思惟と成道」を読みました。 苦行をやめて体力が回復した太子は、菩提樹(アッサッタ樹という一種の無花果)の下で思念をこらしました。悪魔の来襲(修行の妨げとなる一切のものを例えたんでしょうね)を受けながらも、ついに
| トトガ・ノート | 2010/05/07 12:05 AM |
苦行の修行(釈生07/24)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「7.太子の修道――(二)苦行」を読みました。 禅定で悟りが得られないと判断した釈尊は、苦行に挑戦しました。当時行われていた苦行は、大別して四種類ありました。 1.心を制御するもの 2.呼吸を止めるもの 3.断食によるもの 4.食を減ずる
| トトガ・ノート | 2010/04/30 12:10 AM |
禅定の修行(釈生06/24)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「6.太子の修道――(一)禅定」を読みました。 当時のインドで、人生問題を解決し、輪廻から解脱する方法としては、禅定と苦行が一般的だった。 最初は坐禅瞑想によって、梵我一如を思惟観察し、聖音オーンを念想し、梵我の一元論を主張し
| トトガ・ノート | 2010/04/23 12:05 AM |
四時期(釈生05/24)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「5.出家の旅にのぼる」を読みました。 《以下引用》 当時のインドでは、バラモン階級だけでなく、他の新興階級の間にも、人生問題を解決するために、妻子を捨て家を出て、道を求めるという風習があったので、太子もこの風習に従って、出家求
| トトガ・ノート | 2010/04/16 12:10 AM |
出生〜出家(釈生04/24)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「4.釈尊の出生から出家」を読みました。 釈尊の生母マーヤー(摩耶)夫人は35歳前後で懐妊され、臨月に里のコーリヤ国に向かう途中、両国の中間のルンビニー園で急に産気を催し、お産をしました。シッダッタ(悉達多)、サンスクリットでは
| トトガ・ノート | 2010/04/09 12:05 AM |
釈迦族の暮らし(釈生03/24)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「3.釈迦族について」を読みました。 釈迦国はヒマラヤ山麓の辺鄙な場所で、新興文化の中心であるマガダ地方と比べればおくれていたであろう。他国との頻繁な交通や商業貿易もあまり行われなかっただろう。金持ちの商人がいた様でもない。そ
| トトガ・ノート | 2010/04/02 12:10 AM |
釈尊以前のインド哲学(釈生02/24)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「2.釈尊前後のインドの時代と環境」を読みました。 ・ヴェーダ時代(紀元前1500〜1200年) アーリア人がインドに侵入し始め、この新しい土地で、一方では自然の脅威と立ち向かい、他方ではドラヴィダ人などの先住民族と衝突していたが、着々
| トトガ・ノート | 2010/03/26 12:05 AM |
三身説(釈生01/24)
「釈尊の生涯」(春秋社) 「1.釈尊および釈尊伝について」を読みました。 「仏教入門」とかぶるところがあるかと思いますが、この本で釈尊の生涯を丁寧に見ていきたいと思います。 《以下引用》 それが大乗仏教になると、仏陀に関する哲学的考察がなされるようになっ
| トトガ・ノート | 2010/03/19 12:05 AM |
amazonサーチボックス
amazonおまかせリンク
Google AdSense
検索向けAdSense
ツイッター
SEARCH THIS SITE.
MOBILE
qrcode
RECOMMEND
SPONSORED LINKS
OTHERS